Bliss Life by Dr.Rika

La Luce代表 予防医学医師 Dr.Rika 食、生活、瞑想を通じて、心身健康、魂が輝く人生に

カテゴリ: 日本の文化

こんにちは😃

キャンドル🕯大好き💕

最近は、和蝋燭も愛用している
Dr.Rikaです。

✴️ HAZE

本来 和蝋燭は
櫨(はぜ)から作られるのですが

お米から作られたものを
見つけました。

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長さ10cmほど
燃焼時間20分ほどなので
朝のご先祖様へのお供えや
瞑想にちょうど良いサイズと時間。

和蝋燭は芯が残って
炎が🔥長く伸びてしまうので
こまめに摘んで、芯切りをする必要がありますが
このくらいの大きさなら2ー3回でOK🙆‍♀️

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  清らかな炎で
煤が少ないのが良いですね💕

日本の知恵と伝統を
繋いで行きたいですね。 

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こんにちは😃

あっと言う間に2020年も7日目。
今日から私は仕事始めです。

1月7日と言えば
七草粥。
実家にいた頃も、実家を出てからも
欠かしたことはございませぬ。

五節句って
奇数の重なった月日

1月1日
3月3日 上巳 桃
5月5日 端午 菖蒲
7月7日 七夕 笹
9月9日 重陽 菊

だと思っていたのですが
1月は7日が節句なんですって!

江戸時代に「人日の節句」(七草の節句)
として五節句
のひとつに定められると、
人々の間に七草粥が定着していきました。

※五節句……江戸幕府が定めた式日で、
1月7日の人日、
3月3日の上巳、
5月5日の端午、
7月7日の七夕、
9月9日の重陽をさします。




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春の七草

    芹(せり)
    薺(なずな)
    御形(ごぎょう)
    繁縷(はこべら)
    仏の座(ほとけのざ)
    菘(すずな)
    蘿蔔(すずしろ)

中高の生物の先生が
鉢植えの七草を持っていらして
授業してくださったので
これは覚えているんです。

ちょっと差がつく百人一首講座
に載っておりますが、
七草粥の起源が
貴族の若菜摘みであったことが
伺えます。

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光孝天皇(15番)『古今集』春・21

君がため春の野に出でて若菜摘む
わが衣手に雪は降りつつ

 


七草粥について 豆知識 です。

https://mshabit.info/nanakusagayu/#3




七草粥を食べる3つの意味と由来

春の七草
七草粥を食べる意味として、真っ先に上げられるのが、
「正月のご馳走で疲れた胃腸を休める」
というものではないでしょうか。

「ご馳走疲れの胃を休める」というのは
間違いではないのですが、
七草粥が食べられるようになった本来の意味ではありません。

七草粥の3つの意味

  1. 邪気を祓い一年の健康を願う
  2. 七草のエネルギーを貰う(冬のビタミン不足解消)
  3. 五穀豊穣を願う 

考えてみれば、胃腸が疲れるほどのご馳走を食べるようになったのは
近代になってからのこと。

七草粥の風習は、遠く奈良時代にまで、
さかのぼることができる古いものです。

そんな昔は、貴族といえども、
ご馳走疲れとは無縁っぽいですよね。

さらに、七草粥の3つ意味にもそれぞれ由来があると
されています。

七草粥の由来

  1. 中国・唐の時代の七種菜羹(しちしゅさいのかん)
  2. 平安時代初期の若菜摘み
  3. 宮中で1月15日に食べられていた七種粥

これら3つの由来が融合し、平安時代中期には七草粥の風習
できたと考えられています。

それぞれ時代も背景も違っているので、なかなか複雑ですが、
順番に見ていきましょう。

七種菜羹で無病息災を願う

6世紀ごろの中国南方地域には、
正月(1月)7日を人の日として
犯罪者の刑罰を行わないという風習
がありました。

なぜ、そういう風習が生まれたのかは
分かっていないのですが、
7日に先立つ1日から6日は、
鶏・羊・馬などの家畜が割り当てられて、
それぞれの日にはその日の家畜を殺さない
というものだったそうです。

これを元に1月7日に、
七種菜羹(7種類の野菜を似た熱いスープ)を飲んで
邪気を祓い無病息災を祈る風習
が誕生。

七種菜羹の風習が日本に伝わり、
日本古来の若菜摘みや七種粥と融合して
出来たのが七草粥の習慣です。

若菜摘みの風習と冬のビタミン不足解消

中国から七種菜羹の習慣が伝わる以前、
日本では早春の野原で野草を摘む「若菜摘み
という野遊びが貴族の間で親しまれていました。

特に、正月最初の子の日は、
若菜摘みを楽しむ日と決められており、
子の日の遊び」と呼ばれていました。

ここでいう正月は旧暦の事ですから、
「子の日の遊び」があったのは、
新暦に置き換えると1月終わりから2月終わりごろです。

ようやく春の訪れを感じられる頃ですよね。

早春に芽吹く野草を摘んできて食べることで、
そのエネルギーを貰えると考えられていた
のです。

一見、無病息災の迷信のように感じますが、
新鮮な野菜が取れなかった冬の間のビタミン不足を
補える理にかなったものでした。

春の野原

五穀豊穣を願う七種粥

さて、七草粥のもととなったもう一つの由来が、
平安時代に宮中で食べられていた七種粥です。

七種粥が食べられていたのは1月7日ではなく1月15日。

また、粥に入っていたものも、七草ではなく、
7種類の穀類でした。

七種粥に入っていた穀類

  1. 粟(あわ)
  2. 黍(きび)
  3. 稗子(ひえ)
  4. みの
  5. 胡麻
  6. 小豆

その年の農耕が豊作となるかどうかが、非常に重要だった時代です。

季節の区切りには、穀類を神様に供えて豊作を祈る
年中行事が行われており、七種粥が食べられていたようです。

五穀豊穣を祈るための七種の穀類から七種の若菜を入れたお粥と変化

現在の七草に定まったのは室町時代のことではないかと言われています。

さらに、江戸時代になると、
幕府が1月7日を人日の節句として公式行事に定め、
将軍や家臣共に七草粥を食べるようになります。

これが庶民にも広まり、
1月7日は七草粥の日として定着したのでした。

では、最後に七草粥に入る春の七草についても見ていきましょう。

 

春の七草は縁起づくし?!

七草粥に入る春の七草が現在の形になったのは室町時代のころと言われていますが、なぜこの七草が選ばれたのかははっきりしていません。

春の七草

  1. 芹(せり)
  2. 薺(なずな)
  3. 御形(ごぎょう)
  4. 繁縷(はこべら)
  5. 仏の座(ほとけのざ)
  6. 菘(すずな)
  7. 蘿蔔(すずしろ)

それぞれ次のような縁起のいい意味があると
言われており、古くから民間では薬草と信じられていました。

芹(せり)

水辺に競り合うように生えることから、
”せり”と名付けられました。

その名から、「競り勝つ」縁起の良い食べ物
とされています。

独特の香りには、体温を上げて発汗を促すなど、
風邪の回復に効果があるそうです。

また、βカロテンやビタミンB2、鉄分、
カルシウムといった栄養も豊富で、
血液中の老廃物やコレステロールを排出する効果があります。

春の七草・芹(せり)

薺(なずな)

薺(なずな)というと聞きなれないですが、
ぺんぺん草と聞くと、
”あぁ!”と思われる方も多いのではないでしょうか。

七草粥では、花芽をつける前の若い芽を使います。

薺(なずな)、すなわち
「なでて汚れをはらう」ので縁起がいいと言われています。

古くから薬草として民間療法で使われており、
血圧を下げる、解熱作用があると信じられてきました。

栄養面では、骨粗しょう症の改善に効果がある
ビタミンKを多く含んでいます。

春の七草・薺(なずな)

御形(ごぎょう)

「仏体」をあらわしているという御形は、
別名ハハコグサ(母子草)とも言います。

今では草餅はヨモギが使われますが、
明治のころまではハハコグサが使われていました。

喉によいハーブとして知られており、
喉の痛みをやわらげ、咳を止めるといった効果があります。

春の七草・御形(ごぎょう)

繁縷(はこべら)

ハコベとも呼ばれる繁縷(はこべら)は、
「繁栄がはこびる」と理由づけされています。

確かに縁起がいいですね(笑)。

繁縷(はこべら)も薬草としての歴史がある野草で、
気管支炎やリウマチ、関節炎などに効能があると
信じられてきました。

ビタミンB群、ビタミンC、カルシウム、カリウムの他に、
注目されているフラボノイドなども含んでいます。

 

仏の座(ほとけのざ)

秋の七草では「仏の座」と、
そのまま縁起の良い名前
で呼ばれていますが、
植物名としては「小鬼田平子(こおにたびらこ)」という
キク科の野草です。

胃を健康にする、腸の調子を整えるほか、
筋肉痛や歯痛を抑える鎮痛効果
があると言われています。

春の七草・仏の座(ほとけのざ)

菘(すずな)

菘(すずな)と聞くと、これまた聞きなれない感じですが、
野菜でおなじみの蕪(かぶ)です。

「神を呼ぶ鈴」と、何とも縁起の良いいわれがあります。

蕪(かぶ)は、一般的に根の部分を食べる根菜ですが、
七草粥では葉の部分を使います。

葉に含まれる栄養には、食物繊維、カルシウム・鉄分、
ビタミンA・B1・B2・Cが多く、
胃腸を整え消化を促進する効果があります。

春の七草・菘(すずな)

蘿蔔(すずしろ)

蘿蔔(すずしろ)とは、「汚れのない純白」から来た名前です。

蘿蔔(すずしろ)と聞いてもピンときませんが、
なじみのある大根のことです。先ほどの菘(=蕪)とおなじく、
七草粥では葉の部分が使われます。

食物繊維にビタミンA・Cのほか、消化酵素であるアミラーゼを
含んでいますので、消化促進や便秘の解消、美肌効果が期待される野菜です。

春の七草・蘿蔔(すずしろ)

春の七草・繁縷(はこべら)
以上  転載

ーーーーーーーーーーーーーーー
由来や効能を知って
頂く七草粥は
また一段と身体と命、魂に
染み渡りそうですね。

 ありがとうございます😊

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こんにちは😃

皆様はクリスマスプレゼント🎁
どなたかに差し上げましたか?
頂きましたか?

今日は
私のお誕生日プレゼント🎁として
親友達におねだりして頂戴した
素晴らしい逸品をご紹介します。

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何で出来ていると思いますか?

純銀糸で作られているんです。

群馬の桐生が織物の街って
最近知りました。

伝統工芸を子孫に残したいのと
軽くて便利なのと
エコだなぁっておもって
選びました。

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ブランド名は ooo
トリプル オゥ

このネックレスの名前は
ディ エヌ エイ

✴️ さんち〜工芸と探訪〜

の記事を見て、
すっかり魅了されてしまいました。

かつて石田三成討伐に向かう徳川家康勢に旗作りを依頼され、
2300という途方も無い枚数を、
たったの1日で届けた「織物の町」がある。

「西の西陣、東の桐生」とも謳われる、群馬県桐生市。
品質の高い桐生の織物を江戸へ届けるために、
越後屋が初めての支店を高崎市に置いたという。

そんな桐生市で明治10年 (1877年) に創業し、
時代の変化に合わせて織物から刺繍へと業態を変えながら、
桐生でのものづくりに取り組んできたのが株式会社笠盛だ。

笠盛の外観

刺繍屋である笠盛が、次のステップとして立ち上げた
アクセサリーブランドが注目を集めている。

「000 (トリプル・オゥ) 」と名付けられたブランドのアイテムは、
刺繍糸だけで作られており、金属にはない質感とデザイン性が特徴だ。
軽くて金属アレルギーの人でも身につけられる。

刺繍の概念も、アクセサリーのイメージも覆す、
刺繍屋の新たな扉を開くものだった。

トリプル・オゥの商品

「000 (トリプル・オゥ) 」HPより

自分たちから、変わっていかなければ

「織機をガチャンと動かすたびに、万の金が儲かる」
と言われた「ガチャマン景気」が、戦後の織物業界に訪れた。

当時、機屋だった笠盛は『笠盛献上』という連続的に流れる
模様の帯を生み出し、それが「手頃な値段でおしゃれができる」
と人々のあいだでヒットした。
桐生における織物の出荷額の3割を、笠盛グループが占めるほどだったという。

ところが1957年 (昭和32年) 頃から「鍋底景気」と呼ばれる不景気に。
代表取締役会長の笠原 康利さんは、こう語る。

「生き残るために何か他のことをやらなくちゃって、
やり始めたのが刺繍だったんです」

株式会社笠盛 代表取締役会長の笠原 康利さん

株式会社笠盛 代表取締役会長の笠原 康利さん

まずは靴下などのワンポイントの刺繍から始めた笠盛。
機屋の頃からの縁もあり、和装の刺繍なども手掛けるようになった。

1990年代になり、多くのブランドの生産拠点が海外へ移る流れに乗って、
2001年にはインドネシアに生産拠点を設ける。
しかし4年後、今度は日本のものづくりを海外へ、という思いが強くなり、
拠点を桐生へと戻した。

小さな点がひろがる町、桐生と出会ったデザイナー

そんな笠盛に2005年、一人のデザイナーが入社する。
のちにトリプル・オゥを立ち上げる片倉 洋一さん。
2004年までヨーロッパで活動し、テキスタイルや刺繍のデザインに
携わってきたデザイナーだ。

片倉さんが桐生を知ったのは、
テキスタイル・デザイナーの新井淳一さんを訪ねてきたとき。
さまざまな染屋さんやプリーツ屋さん、繊維工業試験所などの施設に
足を運んでいくなかで「桐生っておもしろい」と思うようになったそうだ。

デザインを担当する、トリプル・オゥ事業部マネージャーの片倉 洋一さん

デザインを担当する、トリプル・オゥ事業部マネージャーの片倉 洋一さん

「例えば毛織物産地として有名な愛知県の尾州 (びしゅう) などに比べて、
桐生は企業の規模がすごく小さいんです。
染めだけでも『絹はここ、綿はこっち』と染屋さんが分かれていたりして、
ひとつの会社ですべて作るのではなく、全部が分業制になっている。
もともと着物で栄えた町だからなんでしょうね。

そういう小さな点と点が新しいつながりを持つことで、
新しいものづくりが生まれるのではないか、と感じていましたね」

新たな戦力を迎え入れ、よりパワーアップした笠盛が向かったのは、
パリだった。

「生地のいらない刺繍」は、世界で認められるか

2007年、パリ。

笠盛はMod’Amont(モーダモン)と呼ばれる
テキスタイルの展示会に出展していた。

展示したのは「笠盛レース」と名付けた服飾パーツ。
すでに出来上がっている洋服などに後付けできる装飾品だ。

笠盛レース

本社併設のショップの壁に飾られている、さまざまな種類の「笠盛レース」

「通常の刺繍の仕事では、必要な生地をアパレルブランドから
お預かりして、刺繍を施してお返しします。
でも海外に売り込みたいと思ったときに、
それだと物理的な壁が高いと感じていました」

そこで生み出されたのが「生地に刺繍をしない刺繍」だ。
水溶性の生地に刺繍をしてお湯に溶かすことで刺繍のみが残り、
装飾品として付けられる刺繍を生み出した。

「笠盛レース」で特に大切にしたのが手作り感。
まるで手で編み込んでいるような質感の刺繍は、
機械と職人の手で作る笠盛が得意とするものだった。

笠盛レース

何百という会社が出展したなかでも、
笠盛レースのような商品は他になく、注目を集めた。
展示会で行われたコンテストでは、ユニークな製品に贈られる
VIPプロダクトを受賞。

「この手法をもっと極めていけば、
世界的に受け入れられる可能性があるのかな、
と希望が持てた瞬間でしたね」

あとは、自分たちが得意とするものを、何に活かせるか。
この模索が、のちのアクセサリーブランド立ち上げに繋がっていく。

糸で作る、自分たちらしいアクセサリー

「笠盛レース」の技術を活用し、ボタン、レース、リボンなどの
さまざまな形で活かし方を模索するなかで、転機が訪れたのは2009年。

試しにネックレスを作ってみると、国内のアパレルブランドから
「これを、このまま仕入れたい」と連絡が入った。

アクセサリーとして存在感がありながら、糸という素材の強みを活かした
軽さや手触りのよさ。金属アレルギーの人でも心地良くつけられる
というのも魅力だった。

「糸の強みが活かせる、自分たちらしいアイテムが作れるかもしれない」

長年培ってきた刺繍の技術、厳選した素材、今までにないデザイン。
この3つを組み合わせ、ゼロから新しい価値を生み出そうと名付けた
「000 (トリプル・オゥ) 」。

トリプル・オゥのロゴ

すでに世の中に溢れている「アクセサリー」に、
桐生から糸を使って新たな価値を生み出すブランドが誕生した。

トリプル・オゥから初めて発売された商品が「ディ・エヌ・エイ」だ。
直線と丸だけを組み合わせたシンプルな構造でありながら、
複雑にも見えるデザイン。

ディ・エヌ・エイ

ゴールド・シルバー・ブラックの三色展開。色違いで持っているお客様もいるそうだ

触ってみてようやく「これ、糸?」と思う光沢のある素材には、
純銀が入っているのだという。金属のような輝きを持ちながらも、
軽い上に折りたたむこともできる。

初めての商品「ディ・エヌ・エイ」

初めての商品「ディ・エヌ・エイ」

「ブランドのデビュー作だったので、『これが糸でできているんだ!』
っていう驚きを作りたかったんです。

つけ方も、首にかけたり、スカーフのように巻いたり、
半分に折ったり、さまざまです。
今までのアクセサリーにないものを追い求めたところから始まりました」

機屋から刺繍屋になり、アクセサリーブランドへ。
新しい挑戦へ前向きな印象の笠盛だが、トリプル・オゥを始めた当初、
一番苦労したのは社内から理解を得ることだったという。

「できない」という壁への不安

「長く刺繍に携わっている人たちに、
アクセサリーを作るんだと話しても『立体なんて、できないよね』と、
厳しい反応でした。これまで積み重ねてきた経験って、自信でもあり、
自分たちの今を支えるベースなんですよね。
トリプル・オゥでやろうとしていたのは、それをひっくり返そうと
いうことだったので」

片倉さんがひとりでアクセサリーを作り始めたところに、
右腕として新井 大樹さんが加わった。当時の様子を、新井さんは振り返る。

「繁忙期になると、クライアントの刺繍の仕事だけで工房は大忙しなんです。
機械も納期に向けてギリギリにスケジュールが組まれているなかで
『すいません、ちょっと夜の間だけ機械貸してください』みたいに
お願いをして」

営業課長の新井 大樹さん

営業課長の新井 大樹さん

片倉さんも、頷きながら言葉をつないだ。

「最初は不良率が高かったり、針が折れてしまったりして。
なかなか安定して量産することもできなくて、
利益を出していないお荷物部署、みたいな感じでしたね」

トリプル・オゥを作る機械

自分たちの刺繍の技術に、誇りと自信を持っていたからこそ、
まったく新しいものを作ることには勇気がいる、と新井さんは言う。

「普段とやることがあまりにも違いすぎて、
ギャップに戸惑っていたと思います。
クライアントからの要望は『もう少し、こうできないか』という、
今より少し上を目指すものが多いんですね。

でもトリプル・オゥで求められるのは、
少し上ではなくゼロからチャレンジすること。
ずっとやってきた刺繍に『できない』という壁が現れて、
不安だったんだろうなと今、振り返ると思いますね」

作り手と使い手のコミュニケーション

不安のなかでアクセサリーづくりに取り組んでいた
社内を動かしたのは、お客様の「欲しい」という声だった。
徐々に注文が増えてきたことで、作り手として誇らしい気持ちも
芽生えていったという。

「僕が何を言おうが関係なくて、
こんなにも世の中に欲しいと思ってくれる人がいるんだ
というのが一番強いですね。これ作って良かったねって。
最近は、社員が自社製品を購入することも増えてきました。

同時に、自分たちにできることも少しずつ増えてきて、
もともと持っていた『なんとかみんなでクリアしよう』
という団結力がまた強まっていくのを感じました」

本社併設の直営ショップをオープンしたり、
展示会に出展したり。お客様と直接、話す機会が増えると、
原動力はさらに増していった。

ショップ店内

会社の敷地内にあるショップは、第三金曜日と土曜日に営業

「『金属アレルギーだけど使えて嬉しい』
とか『軽くて着けているのを忘れて顔洗っちゃった』とか、
そういう感想をいただけるたびに新鮮だったし、嬉しいですよね」

伊勢丹新宿店のリニューアル時の企画展に
「ディ・エヌ・エイ」が選ばれたことを皮切りに、
ブランドとしても注目されるようになっていった。

現在では、日本全国のさまざまなお店で販売されている他、
ロンドンの国立美術館を運営するテート・ギャラリーで
取り扱われたり、他の企業とコラボレーションするなど、
新しい販路を広げている。

「地域の一番星」になることで恩返しする

現在、200種類ほどの商品があるトリプル・オゥ。
それは笠盛だけで作れるものではなく、
数え切れないほどの職人の手によって作られている。

「桐生にいる職人さんたちと、素材から新しいものを
作り出したりもしています。

例えばアクセサリーのために開発した『シルクリネン』
という素材は、フレンチリネンとシルクを合わせた
オリジナルの紡績糸を、桐生の染工場で染色しました。
紡績、染それぞれ、桐生の糸商さんにつないでもらって
完成した素材です。

組み立てて、形にするのは笠盛でも、それまでに見えていない
作り手の人たちがたくさんいるんですよね」

シルクリネンを持つ片倉さん

求める素材が見つからなければ、糸から試行錯誤して作ることもある

まさに片倉さんが桐生を訪れたときに抱いた思いのとおり、
小さな点と点が繋がって、この街で新しいものづくりが生まれている。その小さな点を維持していくための取り組みも、笠盛は見据えている。

「養蚕農家さんや撚糸屋さんと話していると、
どこも高齢で、後継ぎがいない問題があります。
僕たちにどんなに技術があっても、欲しいと言ってくれる
お客さんがいても、糸を作る人がいなくなったら、
もうこのアクセサリーは作れない。

一緒にものづくりしてる人たちも、きちんと経済的にも
成り立っていける環境づくりができたらいいなと考えています」

今、笠盛が目指しているのは「地域の一番星になること」だ。

「地域活性化っていろいろな方法があると思うんですけど、
僕たちがまず桐生の名を全国にPRできるような、
輝く存在になれたらと思っています。

みんなで一緒に何かをやることも大事だけど、
時には勢いよく突っ走ることも必要。
まずは笠盛が桐生の一番星メーカーになって、
地域に還元できるようになりたいですね」

ショップ店内

最後に今後について聞くと、会長が話してくれたのは
笠盛らしい答えだった。

「『伝統は革新の連続』という言葉があるように、
変わり続けることが笠盛の変わらないところです。
市場がどんどん変わっていくなかで、
変化していかなければ会社として生き残っていかれない。
でも、変わっていくなかでも桐生という地域と
お客さんを大事にすること。
これだけは、これからも変わらないですね」

株式会社笠盛 代表取締役会長の笠原 康利さん

機屋、刺繍屋、アクセサリーブランドと
形を変えてきた笠盛だが、
根底にあるものは140年のあいだ、
ずっと変わっていないのかもしれない。

挑戦で殻を破って成長し続ける技術。
桐生の小さな点と点から生まれる素材。
使い手の生活に寄り添う新しいアイディア。
これらの組み合わせ次第で、
トリプル・オゥから生まれる商品の可能性は無限大だ。

後編では、実際にトリプル・オゥのアクセサリーが
どのように作られているのか、
技術とアイデアが結集する工房の様子をお伝えする。

<取材協力> 
株式会社 笠盛 
群馬県桐生市三吉町1丁目3番3号 
0277-44-3358
https://www.000-triple.com/ja/

文:ウィルソン麻菜 
写真:田村靜絵

以上  転載

ーーーーーーーーーーーーーーー

全てのご縁や技術
何が欠けても産み出されません。

真摯に丁寧に
一歩ずつ革新して進化する。

私も自らの魂を輝かせ
光を強め
共振共鳴、共同して
素晴らしい世界を紡ぎ出すべく
精進致します。


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こんにちは😃
あっという間に
今年も残すところ僅かですね。

先日、親友たちにお誕生日会を開いていただき
その流れで、連れられて渋谷ヒカリエに行きました。

イベントの真っ最中で
今回は瀬戸物(焼き物)特集。

現代アート作家さんが並ぶ中
人間国宝のお子様(姉弟)も出店されていて
呼ばれて、引き寄せられてしまったのが
Dr.Rikaの守護 てんとう虫🐞

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ほっこり
丸みがあって
色も淡くて綺麗でしょ?

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水野このみさん

陶磁胎七宝とは

一般的な七宝焼と異なり、陶磁器の素地に七宝を施したものです。
江戸末期から明治時代に、主に輸出用として僅か数年間制作されていました。
明治以降はほとんど作られることがなくなった為
「幻の七宝」とも言われています。

幅1ミリの純銀製のリボン線を、図案に沿ってピンセットで曲げ、
それを素地に垂直に立てていきます。
その銀でできた枠の中へ、自家調合した様々な色の釉薬を
針を使用して入れていきます。
その後 窯で焼成します。

この工程を、釉薬の色合いや厚みを見ながら練り返し、
最終的に8種類の砥石で磨き上げます。

正確な制作方法の記録が残っていない為
5年間の試行錯誤の末、今の形になりました。

「手のひらの上で愛でる、美しいものを」

をコンセプトに、
手間を惜しまず、ひとつひとつ制作しております。


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本当に
心を込めて作られているのがわかります。

3日間の展示販売イベント
初日に水野ご姉弟さんのブースに
200人の長蛇の列ができ
300点以上もの作品が旅立ったそうです。

私は、最終日に伺いましたが
日曜日だというのに空いていて
ゆっくり 作者とお話しさせていただきました。

大好きな守護のてんとう虫🐞
じっくり愛でます❤️

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こんにちは😃

往診先の個人宅や老人ホームで
美しい手創りの作品に出会います。

Instagramで
#今日のシニアアート

と銘打って投稿しております。

今日は、ブログ愛読者様のために
まだInstagramに未投稿のお写真もお載せします❤️

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独学で折り紙を扱って
素晴らしい作品を続々と産み出し
入居者たちに教えていらっしゃる女性の小箱

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切れ込み人形の先生の作品たち


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折り紙の柄も素敵ですね。

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また別の施設で
花束がありました。

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みんなクリエイター(創造主)

美しさとアイディアと
創造性に感動します❤️

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  Chie Art「Love」

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